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水戸地方裁判所 昭和47年(ワ)250号 判決

原告

株式会社

丸八商事

右代表者

小林弥八郎

右訴訟代理人

増渕俊一

被告

田中一利

被告

田中はつ子

右両名訴訟代理人

大谷久蔵

主文

一、原告に対し被告らは各自金五〇万円、被告田中一利は金五万円および右各金員に対する昭和四七年八月三日より各完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四、この判決は原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「原告に対し被告らは各自金一一〇万円、被告田中一利は金五万円および右各金員に対する本訴状送達の日の翌日より各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めその請求の原因として、

一、原告は昭和四四年二月一日、被告田中一利の代理人である被告田中はつ子から被告一利所有の別紙物件目録記載の家屋(以下本件家屋という)を店舗兼従業員用住宅として、期間一ケ年、賃料一ケ月金二万五千円の約定で賃借し、敷金五万円を交付した(以下本件賃貸借契約という)

二、右賃貸借契約は、その後毎年更新されて来たが、昭和四六年六月一日、賃料が一ケ月金三万円に設定された。

三、原告は洋服の製造販売を業とする会社であるが、本件家屋に支店を設置し従業員藤田市郎を住み込ませていた。

四、ところで、右藤田が原告従業員訴外加藤陽子と交替することにつき、原告は被告はつ子の承諾を得たので右藤田は右家屋より退去し、昭和四七年六月三〇日右加藤が荷物を運送屋に委託して本件家屋に到着したところ、同被告は本件家屋を閉鎖し、いかに交渉してもこれを明渡さなかつたため、運送屋は外で待たされた末引返してしまい、さらに同被告は本件家屋内の原告の商品等を実力をもつて外に運び出す等の行為に及んだので、原告は他に店舗を賃借して支店業務を継続せざるを得なくなつた。

五、被告一利は本件家屋の管理一切を委ねている被告はつ子が、原告の家屋使用を不可能にしたことを知りながら放置し、本件家屋を原告に使用収益させなかつた。

六、そこで原告は、昭和四七年七月二五日付内容証明郵便をもつて被告らに対し債務不履行を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、該郵便は翌日被告らに到達したので、ここに右契約は解除されるに至つた。

七、原告は本件家屋を使用収益できず、そのため本件賃貸借契約を解除せざるを得なくなつたことにより本件家屋の借家権価格金五一六万円相当の損害を蒙つた。

八、よつて、原告は被告一利に対しては、債務不履行に基づく契約解除を理由として、被告はつ子に対しては不法行為を理由として右損害額の内金一一〇万円の各自支払を求め、さらに被告一利に対しては本件賃貸借契約に基づき既に交付してある敷金五万円の返還を求める。

と述べた。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因一の事実は認める。

二、同二の事実中、賃料が昭和四六年六月一日一ケ月金三万円に改定されたことは認めるがその余は否認する。本件賃貸借契約は昭和四五年一月三一日の経過により法定更新され、更新前と同一条件の、期間の定めのない賃貸借契約となつたものである。

三、同三の事実中訴外藤田が本件家屋に住み込んでいたことは認めるが、その余は不知。

四、同四の事実中訴外加藤が荷物を運送店に委託して本件家屋に到着したことは不知。その余は否認する。

五、同五の事実中被告一利が被告はつ子に本件家屋の管理一切を委ねていることは認めるが、その余は否認する。

六、同六、七の各事実は否認する。

七、同八の主張は争う。

と述べた。

証拠〈略〉

理由

一原告が、昭和四四年二月一日、被告一利の代理人である被告はつ子から本件家屋を原告主張の約定で賃借し、敷金五万円を交付したこと、その後右契約が更新されたが、昭和四六年六月一日賃料が一ケ月金三万円に改定されたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すれば、本件賃貸借契約は昭和四五年一月三一日の経過とともに法定更新されたが、昭和四六年六月一日前記賃料改定がなされたほか、従前と同一条件で更新され、その後昭和四七年五月三一日の経過とともに法定更新されて来たことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二〈証拠〉を総合すると、原告は洋服の製造、販売を業とする会社であり、本件家屋を支店として従業員である訴外加藤市郎を住込ませて来たが、同人が独立営業する関係上本件家屋を退去し、原告従業員訴外加藤陽子が交替して本件家屋に移ることとなり、昭和四七年六月三〇日運送屋に委託し荷物をトラツクに積込んで本件家屋に到着したところ、被告はつ子は特段正当な理由を示すことなく本件家屋への入居を強硬に拒絶して妨害し長時間に亘る再三の履行催告にも応じなかつたため、原告は本件家屋を店舗兼住宅として利用することができなくなり、急拠他に店舗を求めざるを得なくなつたことが認められ(右藤田が本件家屋に住み込んでいたことは当事者間に争いがない)、被告田中ハツ子の右本人尋問の結果中、右認定に反する部分は直ちに信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして〈証拠〉によれば、原告は昭和四七年七月二五日付内容証明郵便をもつて被告らに対し被告一利の債務不履行を理由として本件賃貸借契約解除の意思表示をなし、該郵便はその後間もなく被告らに到達したことが認められるから、本件賃貸借契約はそのころ債務不履行により解除せられたものというべきである。

三それ故、被告はつ子は故意に原告の賃借権の行使を妨害し、その為、原告が本件家屋を利用できなくなり、本件賃貸借契約解除に至らしめたのであるから、不法行為者として、民法七〇九条に基づき右解除により原告が蒙つた損害を賠償すべき義務があり、また、前述の如く、被告一利は被告はつ子を代理人として原告に本件家屋を賃貸したのみならず、被告一利が被告はつ子に本件家屋の管理一切を委ねていたことは当事者間に争いがないのであるから、被告はつ子は本件家屋の賃貸につき被告一利の履行補助者にあたるものと解され、従つて、同被告はその履行補助者である被告はつ子の故意の妨害行為により、本件家屋の賃借人である原告に本件家屋の使用収益をさせず、結局本件賃貸借契約が解除されるに至つたのであるから、右解除に伴う損害を賠償すべき義務がある。

四そこで、原告の蒙つた損害について考えるに、本件における如く相手方の債務不履行を理由として契約を解除した場合における損害賠償額は、本件家屋に対する賃借権消滅によりこれを利用し得ないことから生ずる損害ということになるが、その額の算定については経済的家賃(採算的家賃)と現実の家賃との差額即ち借得分を資本還元した経済的利益等を意味するいわゆる借家権の価格をもつてその基準として差支えないものと解されるところ、鑑定人青木欣哉の鑑定の結果によれば、本件賃貸借契約解除当時における本件家屋の借家権の価格は「当該建物およびその敷地の価格から当該貸家およびその敷地の収益価格を控除した額」としては金六二万五千円であり、「当該建物およびその敷地の価格に借家権割合を乗じた価格」としては金八一万九千円であり(ただし、本件家屋所在地域では借家権取引の慣行は熟成していないので、敷地については借家権価格に算入しないのが適当で、これによれば、金四八万円となる)、また、借家人が本件家屋と同程度の借家を探し、引越す場合の費用見積額は金四七万円であることが認められ、また、〈証拠〉によれば、被告はつ子は昭和四七年四月ごろから原告に対し自己使用等を理由に本件家屋の明渡を求めていたところ、原告は敢えてこれを拒絶せず、後日話合う態度を示していたこと、原告は水戸市曙町に土地を買求めており、本件家屋を将来長く店舗兼居宅として賃借する意思もなかつたことが十分推認されるから、以上の各事実を総合考察し、本件家屋の借家権価格を少くとも金五〇万円と認定するのが相当である。

よつて、被告らは各自原告に対し前記解除によつて生じた損害の賠償として金五〇万円を支払うべき義務がある。

五つぎに、原告の被告一利に対する敷金返還請求について考えるに、前記の如く同被告は原告から敷金として金五万円を受領しているのであるから、特段の主張、立証の存しない本件においては本件賃貸借契約が解除された以上原告に対し右敷金を返還すべき義務のあることは明らかである。

六以上の次第で、原告の本訴請求は被告ら各自に対し金五〇万円、被告一利に対し金五万円および右各金員に対する本訴状送達の日の翌日(それが昭和四七年八月三日であることは記録上明らかである)より各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容すべきも、その余は失当として棄却を免れない。

よつて、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、一九六条を適用し、主文のとおり判決する。 (太田昭雄)

(別紙)  物件目録《省略》

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